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あの日から13年

遅ればせながら、新年おめでとうございます。

今日で、あの日から13年です。
筆者は当時、神戸市の垂水区内で被災しました。

あの時、布団の中で眠気でぐずぐずしていた私は、ゴーという地響き音が近づいてくるのを感じ、何だろう?と思った次の瞬間、ドーンと突き上げられる大きな揺れを感じました。最初は、あまりにも強烈な揺れのため地震だとは思わず、近くで何らかの爆発が起きたのかと思いました。しかし、その揺れが全く収まらないので、やっと地震だと分かりました。垂水でさえそんな揺れでしたから、兵庫や長田などでの揺れの凄まじさは想像すらできません。

当時は賃貸のプレハブアパートに住んでいたため、幸い家財の被害だけで済みましたが、足の踏み場のない部屋から外に出て、近所の方とラジオの情報に耳を傾けていました。すると、徐々に白々としてくる空から、今朝の雪のように白いものが沢山降ってきました。しかし、それは雪ではなく灰でした。どこかで火事が起きているようだとは思いましたが、長田であのような大きな火災が起き、多くの方が犠牲になっていたとは、その時は全く想像ができませんでした。

その後、自らも被災者でありながら、多くの方が様々なボランテイア活動に立ち上がりました。多くの悲しみとともに、多くの人の温かさを感じました。

あれから、もう13年が経ちました。

この間、ボランティアの心は温かかったけど、行政の支援は冷たかった。復興事業は、使えない箱物事業ばかりで、個人の自立には必要な支援がありませんでした。神戸空港はその象徴的な無駄事業でした。13年経っても、未だに多くの方が、元の暮らしを再建できずに苦しんでいます。

行政には「私有財産には援助しない」という、特に厚い壁がありました。これを何年もかけてついに崩した市民の運動は、その後の震災の被災者の支援に役立っていますが、阪神・淡路の被災者は対象外となったままです。

こうした状況を日本国憲法の視点で見るとどうなるのでしょう?詳しい方がいたら、教えていただきたいなと思いますが、憲法の一番基本となる考えは「個人の尊重」だそうですから、もし、その憲法の基本が震災復興事業の中心に据えられていたら、もっと違ったものになったのではないかという気がしてなりません。ましてや、災害復興住宅で孤独死した人がこの一年でさえ60人にも上る状況にはなっていなかったのではと思います。

先日、やっと前向きに動き始めた薬害肝炎問題でも、行政が憲法の基本に立っていれば、そもそも薬害の発生自体を防げたのではと気がしてなりませんし、こんなに被害者自身が苦労して運動する必要もなかったのではと思います。

「改憲」論議以前に、もっと憲法の精神に立った行政を行わせることが、今こそ求められているように思います。

追記:
津久井先生が、ここで提起した憲法との関係について素晴らしい記事(こちら)を上げていらっしゃいました。どうかご参照下さい。

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