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北神戸「九条の会」の公式Blogです。
先日、なんともやりきれないニュースを聞いて、悔し涙が出た。
モンゴルのウランバートルで日本語学校の教師をしていた鈴木千恵さんが、マンホールに住んでいたホームレスの男に殺害された。わずか1700円を奪うために・・・
中日新聞の記事によると、
モンゴルの首都ウランバートル市で7日、殺害されているのが見つかった北海道出身の鈴木千恵さん(38)。現地校で日本語教師を務めていたが、所持品の財布や携帯電話が奪われており、同日未明に友人宅を出た後、強盗殺人事件に巻き込まれたとみられている。
日本との懸け橋になろうと海外に渡った彼女の死に、母校の愛知教育大(愛知県刈谷市)時代の恩師らは、声を詰まらせた。
鈴木さんは1987年4月にスタートした愛知教育大の日本語教育コースの3期生で、当初から海外での活動を目標にしていた。
同コースで直接指導した岡田安代さん(64)=名古屋市昭和区=によると「親に負担をかけないように」と、アルバイトをしながらの学生生活だった。
海外への意思が揺るぎないものになった転機は、大学卒業間際の父の死。当時、日本語教師だけで生活していくのは金銭的にも厳しく、残された母を思い「故郷の北海道に帰ろうか」と迷ってもいた。しかし、父は娘のために貯金を残していた。「志を貫くための貯金」。岡田さんはそう聞いている。母親も「続けなさい」と背中を押した。
大学卒業後に青年海外協力隊員としてモンゴルに渡った。その後はロシアのハバロフスクに赴いたり、択捉(えとろふ)島など北方四島への専門家派遣で島民に日本語を教えた。日本語教師として暮らし、合間に北海道の実家や友人の多い愛知県に戻ってくる生活に。「モンゴルで教科書を作った」。帰ってくるたびに、仲間と集まっては現地の生活などについて語り合った。
2004年、再びモンゴルに向かう前に、鈴木さんは仲間たちに手紙を出している。
「前回、協力隊でモンゴルに行ったのが10年前。あのころよりも人として、教師として少しは成長しているはず。自分を信じて行ってきます」
昨年、岡田さんが愛教大を退職。恩師を囲んだ同窓の集いに、モンゴルにいた鈴木さんは参加できなかった。「帰って来たらまた、みんなで集まりたいね」。仲間とそう連絡を取り合っていた鈴木さんの願いは、かなわなかった。
今、国会では、補給支援特別措置法(新テロ特措法)の審議が行われようとしています。 麻生内閣、自公政権は、アメリカの要望に応える事に必死のようです。そして、民主党はそれを政争の道具のように扱っていると報道されています。
阿修羅ブログにて、管理人も大変共感した桂氏の主張(伊藤和也さんを二度殺すな―絶対に許せない日本のアフガニスタン参戦)を紹介していますが、以下は、そこで紹介されている伊勢崎賢治さんの「AERA」でのインタビュー記事の抜粋です。
伊勢崎賢治は、「心配していたことが起きた」と思った。
というのも昨年11月5日、国会の衆議院「テロ対策特別委員会」に参考人として呼ばれ、
事件を予測するような発言をしていたからだ。国会では、インド洋での米艦船に対する給油
継続と自衛隊の地上部隊をアフガンに派遣する問題が議論されていた。伊勢崎は、それらが
「国益にならない」と断言し、理由をあげた。
「民間邦人、NGOへの保安の影響です。今、私がテロリストだったら、戦略的にこう考
えます。次のターゲットは日本人です。日本人はソフトターゲットです」
発言は不幸にも伊藤さんの死という形で現実になった。
(中略)
武装解除によって国内のバランスが崩れ、タリバンが息を吹き返したことは確かだった。
治安が悪くなっているのは、事件が比較的安全と思われていたジャララバード近郊で起きた
ことが証明していた。
「だからと言って、武装解除が失敗だとは一概には言えないんですよ。軍事的、政治的な
側面のどちらのアングルから見るかで変わります」
アヘンなどの原料となる世界のケシ栽培の9割を占め、飢餓がひろがるアフガンに、国際
社会が手を拱いていることは許されないと確信している。伊勢崎が最も恐れるのは、紛争地
域で日本人の犠牲者が出るたびに、自衛隊の問題と関連づけて関係者が批判されたり、政治
的に語られることだ。
「ペシャワール会はNGOの鑑ですし、現地ではどこよりも信頼があり、最高の危機管理
をしていたはずです。アフガンで日本人が犠牲になったのは初めてですが、他の国の人間は
すでに殺されています。そういう意味では今回のことは“事故”だと思っています。これに
よって、それ見たことかと思われるのがいちばん良くない」
加えて、以下にペシャワール会 現地代表中村哲氏の伊藤和也さんへの弔辞を転載します。
まず、ダラエヌール、シェイワ、シギの全ての人々が伊藤くんの捜索活動や遺体搬送に協力し、そして今日、こうして多くの方々が哀悼の意を表して下さる ことに、心からの感謝を申し上げます。
伊藤くんの遺徳については、多くの方々が様々に生前のことを述べられたので、私がくどくどと申すことは無用かと存じます。ダラエヌールの小さな子供や ご婦人方に至るまで、悲しみを表し、私たちPMSへの同情と感謝を改めていただいたことは、悲しみの中にあっても、光栄という他、ありません。
伊藤くんを殺したのはアフガン人ではありません。人間ではありません。今やアフガニスタンを蝕む暴力であります。政治的なものであれ、物取り強盗であ れ、心ない暴力によって彼は殺されました。
不幸にして世の中には、伊藤くんの死を政治目的に利用しようとする者もいます。また、アフガニスタンという国の文化を知らず、PMSと皆さんとの交誼を知らず、様々な噂や論評が横行いたします。その中には聞くに堪えない無理解、戦争肯定が少なからずあります。そうして生まれる武力干渉が、現在のアフ ガニスタンの混乱を招いてきました。このことを否定する者は、今日集まられた方々の中には居ないと思います。私たちはもう、戦争に疲れました。
私たちPMSは、極力アフガンの文化を尊重し、アフガン人がアフガンのふるさとで、アフガンのやり方で生活ができるように、平和なやり方で、事業を進めてきました。繰り返しますが、「平和に」です。戦争と暴力主義は、無知と臆病から生まれ、解決にはなりません。
いったい、イスラム教徒であることが罪悪でしょうか。アフガン人が自らの掟に従って生きることが悪いことでしょうか。私はキリスト教徒であります。しかし、だからとて、ただの一度としてアフガン人から偏見を持たれたことはありません。良い事は誰にとっても良いことで、悪い事は誰にとっても悪い事であります。現に、このようにして全てのクズクナールの人々が集い、異教徒である伊藤くんの死を悼んでいるではありませんか。心ない者はどこにも居ます。今回の事件でアフガン人と日本人との間に亀裂があってはなりません。
アフガン人も日本人も、親として、人としての悲しみに、国境はありません。命の尊さに国境はありません。「困ったときの友こそ、真の友だ」といいます。今アフガニスタンは史上最悪のときを経ようとしつつあります。500万人以上の人々が飢餓に直面し、無用な戦争で多くの罪のない人々が命を落としています。
かつて60年前、日本もまた、戦争で、国土が廃墟となりました。200万の兵士と、100万人の市民が死に、アジアの近隣諸国にはそれ以上の惨禍をもたらしました。私も、生まれた直後の様子を良く覚えております。外国人はいつでも逃げることができます。しかし、この廃墟と化した土地にしがみついて生きなければならぬアフガン人は、どこにも逃げ場所がありません。であればこそ、私たちPMSは、変わらずに事業を継続して、皆さんと苦楽を共に致したいと思います。それがまた、伊藤くんへの追悼であり、過去の戦争で死んだ人々の鎮魂であります。皆さんの協力と要望がある限り、PMSの活動を止むことなく継続することを誓い、弔辞と致します。
2008年9月9日
アフガニスタン・シェイワにて ペシャワール会現地代表・中村哲
(葬儀は、現地時間午前9時からシェイワに建設中のマドラッサ敷地内に約800人が集まり開かれました。各村の有力者らが弔辞を読み上げ、祈りを捧げました。 村人との絆はより深くなりました
伊勢崎さんと、中村さんの主張の根っこは同じです。伊藤さんの死を、「テロへの戦い」などというような政治利用はするな、そして、今アフガンに必要なのは、自衛隊がアメリカ軍の手下になることではない、 という事です。
今、麻生政権が行おうとしていることは、 「無知と臆病から生まれ」た、伊藤和也さんを2度殺す最悪の行為に等しいと感じます。




またまた、お知らせです。
9条の心実行委員会主催で、以下の学習会を行います。
200名規模の大きな会場をお借りしておりますので、多くの方の参加をお待ちしています。
ここまで来た9条改憲
米軍再編と自衛隊の海外派兵
− そして私たちの生活は・・・ −
日時: 3月29日(土) 午後2〜4時
会場: 六甲道勤労市民センター大会議室
(JR六甲道南隣ビルの5階 078-841-1711)
弁士: 井上 正信 弁護士 (広島弁護士会)
(井上弁護士からのメッセージ)
米軍再編(正しくは日米防衛政策見直し協議)と自衛隊海外派兵問題は、9条改悪の中心テーマです。しかし、大変高度な政治問題として議論されていますので、多くの市民には取っつきにくいテーマです。
私はあえて「私たちの生活」との関わりに立ち返って考えなければならないと思っています。このことにより、自民党新憲法草案が9条改悪を軸にしながら、基本的人権規定、統治機構を含めた全面改悪を目指すものになっていることをよく理解できるのではないかと思うからです。その上で、日米防衛政策見直し協議が進める日米の軍事一体化が、日本と世界に及ぼす災厄を理解し、それに代わる路線としての9条の意義に光を当てることができると思います。言い換えれば、戦争こそ最大の人権侵害である、という言葉の意味を日本の現実に即して考えるというものです。
この様な観点からお話しするのは実はこの度が初めてです。皆様とご一緒に考えたいと思います。
井上弁護士は、こうした問題に大変詳しい方だと、羽柴弁護士からも伺っています。
沖縄、岩国などでの基地問題。
米兵による中学生暴行事件。
イージス艦あたごの衝突事故。
こうした問題を私たちの生活の目線で考える。
周りの方にも伝えたくなるようなためになるお話が、きっと聞けることでしょう。
一人でも多くの方のご参加をお待ちしています。